50を過ぎて残るのは「モノ」か「人」か。地元の不祥事に思う、本物の豊かさ
今朝、飛び込んできた
地元の司法書士さんのニュース
正直、言葉を失うというか
なんとも言えん気持ちになったんよ
私たちの仕事において
司法書士さんは欠かせんパートナー
土地や建物の権利を守り
移転や抵当権の設定を預ける
いわば「信頼の番人」じゃ
面識はないとはいえ
同じ地域で起業し
経営してきた一人のプロフェッショナルが
なぜこんなことになってしもうたんか…
報道によると
使い道はFX(外国為替証拠金取引)
じゃったらしい
司法書士になるために
どれほど無茶苦茶勉強したんじゃろうか
個人で立ち上げ、看板を掲げ
信用を積み上げてきた日々の苦労は
どれほどのもんじゃったろうか
それを考えると
あまりにもったいなくて
残念でならんのよ
もしかしたら、いつの間にか
「人生の目的」
がお金を増やすことそのものになって
しもうとったんじゃろうか
・大きな家に住むため?
・高級車を乗り回すため?
・格好ええ腕時計を見せびらかすため?
それ自体が悪いとは言わん
努力の証として手にする喜びもあるじゃろう
でも、その先に
「本当の幸せ」
があったんじゃろうか
私の持論じゃけど
50歳を過ぎたら
どんな家に住んどるかとか
どんなええ車に乗っとるかなんて
大した問題じゃなくなると思うんよ
大事なのは、その人が「ええ人」かどうか
周りの人たちが
「この人と一緒におりたい」
「この人と遊びたい」
と思ってくれるかどうか
それこそが、人生の後半戦において
何物にも代えがたい財産になるんじゃなかろうか
私の哲学に
「ブランド=見えない価値」
という言葉がある
形に見える高級品で自分を飾り立てても
中身の「誠実さ」というブランドが
崩れてしもうたら、一瞬でゼロになる
人間じゃから、他人と比べて嫉妬したり
感情が揺れ動いて冷静な判断が
できんようになる時もある
「あいつより稼ぎたい」
「あいつよりええ格好したい」
そんな心の隙間に
魔が差してしもうたんかもしれん
でも、そんな時こそ思い出したい
「自分に勝てば誰に負けてもいい」
という言葉
他人と比べるんじゃなく
昨日の自分より誠実であれたか
昨日の自分より人の役に立てたか
不動産という大切な資産を扱う私たちは
人一倍「信頼」という見えない価値を
磨き続けにゃあいけん
今回の事件を他山の石として
私はこれからも、格好つけず
目の前の仕事と人に誠実に
向き合っていこうと思う
今日という当たり前の日常に感謝
一歩ずつ、地に足をつけて歩んでいくで
